tituti MAGAZINE

Noriko tanaka workshop

#01 INTERVIEW 田中紀子

それから沖縄県立芸大に入学して、母が倒れたので2年休学しているんですけど、最後の一年復学して卒業。二年休学する間に色々変わったので、別の先生にも教わることができました。

その時に「りゅうぎん紅型デザインコンテスト」で大賞をとられたんですね。

大学四年生の時にとったかな。賞金も出ましたし、助かりましたよ。車が無くてどうしようって思ってたから、中古車とか授業料の足しとか、材料費にお金を充てたりとかしました。

Noriko tanaka
工房近くのウージ畑(サトウキビ畑)脇の筋道にて。撮影日は雲と太陽が目まぐるしく入れ替わり、沖縄のさまざまな表情が見え隠れする。

同分野だと同分野の似た意見、それはそれですごく楽しかったり、ためになるんですけど、違う角度からの意見。

titutiとはどういったきっかけで関わることになったのでしょうか。

titutiの前身、新工芸研究会という、たくさんメンバーがいたところに入れていただいたんです。伝統工芸を踏襲しつつ、新しい沖縄の工芸の形をみんなで考えようみたいな集まりだった。異分野交流ていうのも一番大きな目的かな。

異分野交流というのは比較的少ないのでしょうか。

繋がりで友達や知り合いはあるけど、そこから何かするとなると、作品展とかグループ展ていうのはよくあるんですけど、お仕事や商品に繋げたり、イベントをするってそんなになかったんですよね。

例えば友達同士で紅型、陶芸作家、ガラス作家、三人で集まってテーブルコーディネイトをやりましょうってなっても、まとまらなかったり。結局コーディネイトする方がいないと、バラバラ、ごちゃごちゃ、あれーっていう感じなんですよね。

そこでコーディネイターの方がコーディネイトして素敵にかっこよくしてくれるのも嬉しかったし。ちょっと違う目線でトータルで見ていただけるっていうのはすごい良かった。

tituti OKINAWAN CRAFT shop

参加するようになって、変わってきたことはありますか。

やっぱり、いろんな意見が聞けるし、多方面からの視点があるじゃないですか。同分野だと同分野の似た意見、それはそれですごく楽しかったり、ためになるんですけど、違う角度からの意見。

例えば織物と紅型、焼き物に紅型とか今まで一つのものだったものが、お家の中でどう展開するか。テーブルウェアとかインテリアとか、普段の生活に組み込んでいくとなったときに、紅型だけではないんですよ。お家にはいろんなものがあって、そこはいろんなものが取り入れられる。紅型だと紅型だけの提案しかできないので、総合的な提案をできるっていうのはすごい良かったですよね。

Noriko tanaka gamaguchi

titutiで活動していく中で自分なりに変化というか、作品に対して考え方が変わっていくこともあったのでしょうか。

そうですね。暮らしの中に取り入れていただきたいものについてはいろんな意見を聞けるので。こうした方が使いやすいよとか、こうした方がもうちょっと手に取る人には優しいんじゃないかとか。

デザインについても。例えば陶器と合わせるとか、そういう視点が広がったというか視野が広がったというか。それはすごくあると思います。

昔と作風は変わってきますか。

基本的には変わらないですね。当時のは技術的に稚拙とか、この色違うんじゃないとかはあるけど、その時の感覚、若い時の方が感覚がよかったとこもあるし。これは見たくないというのもある反面、これは今でも取り入れようかなというのもあります。基本ガラッと変わったということはないかな。使い手だったり、作品だったら見る方だったりを意識しながらというのはあります。

ありがとうございます。今回は田中紀子さんが紅型と出会い、現在に至るまでのお話をきかせていただきました。次回は制作工程のお話とともに、作品へのこだわりを少しだけのぞかせていただきたいと思います。